第76話 : エッセイ
 
2013/12/10

はるかなるイタリア

このたび、イタリアを8日間かけて回る観光ツアーに参加した。半年ほど気が早いが、一応結婚50周年記念旅行なのである。50年昔、新婚旅行といっても近場をぐるっと回ることしか出来なかった夫婦が、直行便でローマまで飛び、名所旧跡を1週間かけて訪ね歩ける僥倖というか贅沢を、まずは感謝しなければなるまいと思った。同時に、もはや欧阿を飛び回る商社マンではないのだから、万事のんびりと旅行しようと腹をきめた。そうして、数々の名画・名彫刻・名建築をこの目で見たい!


   ワイフは毎日いそいそとガイドブックを手に予習(?)していた。その本は数回は枕元でも見かけたほどだ。また、久しぶりの海外旅行とあって、スーツケースの手配、保険、外貨両替、土産物などで私達は結構時間を取られるのであった。土産物というのは、専門の業者に予め注文しておくと、帰国後それらを宅配してくれるしくみですこぶる便利なのであるが、少々味気ない感じがしないでもない。タバコやウィスキーを現地空港で物色した昔とは隔世の感がある。
 
 


    このツアー、勉強熱心なスケジュールがぎっしりで、幸か不幸か自由時間がまるでない。添乗員は極めて優秀で、獅子奮迅の働きぶりには頭が下がる思い。バスの中でクイズを出したり、自作のイタリア文明批評(それが当を得ている!)を朗読してくれたりと、さすがに 「人気添乗員」 の名に恥じなかった。けれど、足早に引率して、「今は3時ですね。ではこの場所で3時20分に集合!」 などとあちこちで言われると、こちとら疲れるのである。イヤホンは歩くたび胸元でぶらぶらするし、写真も撮りたいし。
 
    そうだ、考えてみたら私は23人の中でどうやら最年長なのだ。それでも、個人情報とやらを必要以上に隠すご時勢だから、尋ねられても、私が何歳で最年長、と答えることすら彼女は避けただろう。それやこれやで、しばしばグループのしんがりを歩きつつ、うん、自分はふだんから聞き下手なのだからこの旅では聞き上手を目指そうとひそかに考えた。そうして、いろんな人をしっかり観察しようと心がけた。
 
   だがしかし、逆に、自分が衆目にさらされそうな小事件が起って私はうろたえた。3日目の午後、アマルフィ海岸ドライブのバスの中で、昼食のデザートが当たったのか蛇行を繰り返すバスに酔ったのか、ちょっと吐いてしまったのだ。幸いほとんどの人に知られず、その日の夕食に欠席してよく眠ったら翌日はケロリと治ったのだが、ワイフには大いに世話を焼かせたし、添乗員もあれこれ助けてくれた。問題は、このへんの詳細をあまり覚えていないこともあって、ワイフへのしかるべき感謝表明を欠いたため、今に至るもその後遺症に悩まされているのである。あまつさえ、娘にこの話をしたら、グルメの古代ローマ人は吐き戻して新味を楽しんだというから、お父さんその真似をしたのね、と茶化されてしまった。
   新婚組、旧婚組、お一人様、母子3人組、機内で隣り合わせたイタリア婦人、などの皆さんを観察して飽きない私であったが、万一さしさわりがあるといけないので、記憶にしっかりと刻むことにする。同様に、糸杉の多いイタリアの田園風景、ポンペイの遺跡とヴェスヴィオ山、ヴェネツィアの壮大さ、帰路ミラノを飛び立ってほどなく見えたアルプスの山々の白い輝き、北京上空あたりで見た日の出・・・などが老生のメモリーに収録された。
   これからはもう、長旅は無理と悟った。が、言いならわされた Vedi Napoli, e poi muori. 「ナポリを見てそれから死ね」 が八十路近い金婚旅行と重なったのは全くの偶然さ、と笑い飛ばすことにする。
 
( 2013/12/10 )
 
 

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