第70話 : エッセイ
 
2013/1/7

み ど し

巳年がめぐってきた。ヘビはどちらかといえば苦手で、どんな手ざわりだろうかと想像するだけでおじけづき、だからさわったこともない。ヒモみたいに細長いくせに手も足もないとは、あまりの違いに人間からは驚かれ、遠ざけられ、嫌われる。おまけになんの表情も見せないし、うなったり歌ったりすることもない。一体、眠るとき眼はつむるのだろうか。(昨晩眼をあけたまま冬眠している様子がテレビに出ていた)。寝言は言うまいが、イビキはかくのだろうか。と、こうしてヘビを毛嫌いしていても、年賀状ではさまざまなヘビの絵が工夫されていて、愛すべきヘビちゃんが少なからず登場していることに感心する。
 
次の巳年にはどんな図柄のヘビに出会うのだろうかと考えて、ハッとした。どだい、オレ様はその時生きているのか?クワバラ、クワバラ、メメント・モーリ!−−で、ヘビにまつわる良い思い出はないものかと胸中を探してみると、あった。南太平洋メラネシアに浮かぶニューカレドニア島の東方に付録のようなロワイヨテ諸島というのがあり、そこで見た海ヘビの美しい縞模様はいまだに忘れられない。もう少し詳しく説明してみよう。
 
商社をやめたあと水産会社で嘱託社員をしていた私は、仕事がら珍しい都市や島への出張が多かった。そのひとつがロワイヨテ諸島といって、ウベア島・リフー島・マレ島の3島が中心だ。かつて森村桂が 「天国にいちばん近い島」 を書いたのはこのウベア島のことである。例えばの話、遠くまで続くビーチの白い輝きは、それが砂からではなくサンゴ礁から出来ているためで、その美しさは天国的とでも言おうか、比べるものがない。
 
ある朝桟橋わきにいた私達は、10メートルもない前方の地上に長く寝そべっている一匹の海ヘビを見つけた。黒と白の縞模様をくっきりと見せて、日向ぼっこの最中だったのだ。変温動物である海ヘビはこうして体温を上げないうちは敏捷に動けないらしいが、水際から数メートルの所で身構えるでもなく悠々としていた。同じ朝、別の所で見かけたもう一匹は、緑と赤も混じった多色系で、もっとド派手だった。あんなに美麗な模様をヘビの体に具現した造物主の力に打たれたからこそ、いつまでも忘れずにいるのだろう。
 
 
 




因みに、父は他界してかれこれ40年になるが、巳年の生まれだから巳之助と名付けられた。一度、カエルを呑んだヘビに腹を立てたのか、そいつを殺して中庭で開腹するのを家族そろって見ていたことがあった。取り出されたカエルはとっくに死んでいたが、今でも思い出すのはその時の父の気迫というか剣幕のようなものである。だが、父がヘビよりもっともっと怖がっていたのは地震であった。それはもう、家族が哄笑するほどの神経質ぶり。しかし、29歳の時東京にいて関東大地震に遭ったと言っていたから、私はおととしの春以来いっそう、尤もなことだと感じている。
 
( 2013/01/07 )

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