第56話 : エッセイ
2011/10/31
秋空。ことしの。
  朝から風が強い。陽光に逆らうように、北から吹いている。きっと木枯らし一番っていうやつだろう。外で爪を切るのが好きな私は、庭ともいえないほどの玄関先にある白塗りの鋳物製円卓の脇に座り、さっきパチンパチンやってきた。(ここだけの話だが、<イースト・ガーデン>と言えば家内と私にだけは通ずる)。上空はるかには抜けるように青い秋空がどこまでも広がっている。
 
  あなたはこの秋、何回くらい、つくづくと空を見上げただろうか。私は心を全くからっぽにして言うのだが、空の千変万化ぶりが例年になくすごくて、目を見張った。地平に近い遠くの空が、ハッとするような色の横縞に複雑に縁取られていたり、稲妻があちこちで走って映画のシーンを思わせたりした。また、たとえようもなく美しい茜色の夕焼空を眺めては、遠い少年時代に見た大空襲で火の海となった大阪市街を映す雲の色を連想したりした。一方、夜空については、あまりチャンスに恵まれなかった。夕食後にテレビの前でうたた寝したりすると、ナントカ座流星群のことなどはすっかり忘れてしまう。ただ、テレビの教養番組でみたベテルギウスの話はとてつもなく面白かった。
 
 




  Betelgeuse はオリオン座の首星で、地球から640光年ほどの近さ(!)にある。円形ではなく、大きなコブがある。赤色超巨星の一つであり、その最期を世界中が注目している。我々の太陽など比べ物にならないほど巨大な(直径が太陽の1,000倍)この星が爆発したら、地球は一体どんな影響をうけるのか、よくは分からないらしいのだ。いつかチャンスがあって、そこそこの望遠鏡でこの星をのぞけたらどんな気分になるだろうかと、想像するだけでゾクゾクしてしまう。
 
  話かわって手作りの名刺に、肩書きがない腹癒せにってこともあるまいが、
 
      詩人・画家 (になりたい)
        ○○ ○○○
 
とプリントして得意になっている男がいるが、そんなことをしなくても、人は空をつくづく眺めて何がしかの感慨にふけることがあれば、もう半ば詩人になっているのだと思う。
 
  空には果てがない。東北地方にも、浜辺が純白のニューカレドニアにも、赤いバスが走るロンドンの上空にも通じている。昔の人はそんなところを通って旅が出来るとは夢にも思わなかったろうが、今では空を突き抜けて宇宙まで行ける。鰯雲は秋こそ自分の季節とばかり空一面を埋めつくそうとするし、飛行機雲も今は一段と鮮やかである。この秋、空がやたらと気になったのは、何百万もの人々が東北につながる空に今更ながら気付いて天を仰いだであろうし、多くの人がそのことに我知らず共感していたからではなかろうか。
 
  ことしの秋空は、人々がかけがえのない、懐かしい面影を思い描くキャンバスとなったにちがいない。そして、津波に肉親や親友を奪われた子供達は、涙でにじんだ夜空の星に言葉もなく祈ったにちがいない。
 
( 2011/10/26 )

戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送