第53話 : 創作
2011/7/28
太郎異聞
帰って見ればこは如何に
元居た家も村も無く
路に行きあう人々は 
 顔も知らない者ばかり
 
心細さに蓋とれば     
 あけて悔しき玉手箱
中からぱっと白烟    
    たちまち太郎はお爺さん

 太郎の悲しみは、突如として白髪の老人になってしまったことよりも、知り合いが一人としていなくなったことの方が深かったようだ。たしかに、足腰が弱り頭がはげ耳が遠くなり目がかすみ、などがいちどきにやってきたのには参った。目の前が真っ暗になった。しばらくして、しかし、と手のしわをさすりながら太郎は考えた。
 「亀を助けてやっただけで俺はあんな歓待を受けた。空気がかぐわしい竜宮で妙なる楽の音につつまれ、踊りを愛で、口福としかいいようのない珍味の明け暮れだった。乙姫との楽しい語らい・・・淡い茶色をした彼女の瞳と白い歯並びがすぐと思い出されるわい。
 「だが、待てよ、玉手箱から出た白い煙と引き換えに俺が奪われたものは、浮かれた青春であったかもしれぬ。水底の竜宮で尽くした歓楽の3年間の代償と思えば、それも納得がいくような・・・。それに、体の衰えは早かれ遅かれ誰にもやって来るものだ。人生のくじ引きで、早番を引いちまったとあきらめることにしよう。
 「それにしても、だ。夢のような経験を話したくてうずうずしている俺だのに、一体誰が聞いてくれるのだろう。無論、尋ねたいことも山ほどある。いなくなった身内のこと、旧知のこと、村のあれこれ、近頃の話題。おお、なんというわびしさ、やるせなさ。」
 
*   *   *   *   *   *
 
 やがて気を取り直した太郎は徐々に近所とも付き合いを始め、根がやさしい男だけに、親友も一人また一人と増えていった。中には嫁取りをすすめてくれる者さえあったが、この老体ではと言って太郎は固辞した。そして、寄る辺のない身の先々を考えて、金になるかどうかは皆目わからぬが、回想記を書いて出版することにした。あんな数奇な体験は誰もが出来るものではないので、人の興味を惹くだろうと太郎自身感じたし、周りからすすめられたのも事実だった。
 忘れないうちにと、うとくなる目をいたわりつつ太郎は書き進めていった。思い出すたび、胸がきゅうっと締め付けられるように切ない場面が多かったが、感傷に流されることなく、くどくならず舌足らずにもならず、読者が自然に異界を感じられるよう苦心した。その甲斐あって、「竜宮好日」と題されたこの本は評判を呼び、はては講談や紙芝居にまで取り上げられた。同時に、世間では各種の動物報恩譚が流布した。
 ついでゆえ、時代を飛んで、T氏から教わったダジャレ・レベルの報恩小咄を紹介しておく。男に山道で拾われ傷の手当を受けた鳥は、「お礼の品を作りたいので奥の部屋を7日間お借りします。その間は絶対にのぞかないで下さい」と言う。覗きたい気持をおさえてやっと7日間辛抱し抜いた男が部屋の障子を開けて見ると、箪笥から金庫から一切合財なくなっていた。消えた鳥はサギだったのだ。そして今ひとつの話は、鳥は部屋にいたのだが死んでいた、実はガンだったのだ、という話。
 閑話休題、今や経済的基盤が固まった太郎爺は心身ともに安定し、三日に一回ほどは「やる気」が身内にふつふつと沸くのを覚えるようになった。「長生きはするものだ」と言って大往生を遂げるまでに彼が成し遂げた仕事については、いずれ又・・・。
 
( 2011/07/27 )
 
 
 



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